おかげさまで私の日々の生活はだいぶ落ち着いていて、一時はどっぷり落ち込み、離婚が成立するまではジェットコースターのように情緒が不安定だった(むしろ潜水艇のように沈みっぱなしだった)私も、今ではすっかり元気になり、日々着々と体重を増やし続けている。
そんな穏やかな日常の中にも、やはり元夫に対する嫌な感情が沸き起こる瞬間というのはしょっちゅうあるもので。中にはどうしょうもなく暗い気分から抜け出すのにものすごく時間がかかることもあるけれども、そこまでいかない、いきたくない、モヤッと嫌な感情が出てきた時、私はまず母に話すことにしている。
本当は自分で負の感情から抜け出すルーティーンのようなものを身につけたいと思っているのだけど、まだ私にはそこまでの力も器用さもなく。でも自分の中で抱えていると、どんどんその負の感情に支配されてがんじがらめになっていって、ものすごくしんどい。
なので、そのどろどろした負の感情に飲み込まれそうになる前に「実はさぁ…」と、彼に言われたことや起こった出来事をポツリポツリ母に話す。すると母は間髪入れず、
「あー、そりゃ鬱陶しいわ!」
と言ってきたりする。笑
私としては、こんなことをいちいち愚痴って嫌な気分にさせるのは申し訳ないなぁと思いながらそれなりに意を決して話していたりするのに、それはそれは軽快に、ユニクロのウルトラライトダウンぐらい軽やかに、ふわっとするっと同調してくれる。
あまりに軽快に元夫を悪く言うもんだから(実際には同調してるだけで悪口はほぼ言ってないんだけど)、思わず私も「だよね!やっぱりありえないよねぇ!」なんて言いながら笑ってしまったりする。
母は何の気なしに軽く返してくれてるだけだと思うのだけど、本当に不思議なくらい、私の心はフッと軽くなるのだ。
これは単純に「悪口を一緒に言って盛り上がる」みたいなことではなくて、一種の救いのような、それに近い感覚がある。
この救いにはおそらく2つの要素があって、母が
①「そりゃないわ!」とか「そりゃムカつくわ!」とか、私の気持ちを“分かってくれた”ということ自体に救われる
そしてさらに、母が
②軽快に私の気持ちを代弁してくれることで「そんなこと思っちゃいけない」という自己嫌悪から解放される
ということなんじゃないかなと思う。
もしここで「そんなくだらないことでいちいち落ち込むのやめなさい」とか、「そんなことより楽しいこと考えなさい」とか、ましてや「彼だって悪気があったわけじゃないでしょ」とか、そんなことを言われたらきっとますます負の感情から抜け出せなくなっていたと思う。
娘がこんな分析までしているとはつゆ知らず、ナチュラル・ボーン・ウルトラライトダウンな母はいつも最後は必ず「いやー、ほんと、離婚してよかったわね!」と笑い飛ばしてくれる。うん、そうだね。笑
そんな母の部屋着はパジャマにウルトラライトダウンベスト。ユニクロさん、お世話になってます!
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