子育て中の母親の精神状態はやはりちょっと普通じゃない(当社比)。
自分の作る食事や対応ひとつで子どもの健康状態が左右される。
自分の子どもが将来どんなことができるようになるのか、はたまたどんなことができなくなってしまうのか、一体どんな性格になるのか。
そのすべてが自分にかかっていると思うと(実際はそうではないんだけど)、そのプレッシャーだけでもかなりのストレスだ。
そこにさらに寝不足やストレスが重なる産後は、特に殺気立っている。
「我が子を守る!」という動物としての本能がそうさせるのか、それはもうまるで手負いの熊の如く、近づく敵に片っ端から噛み付いてしまう(そして大抵の人は敵とみなされる)。
不思議なことに、まわりからかけられる全ての言葉が自分を責めているように感じてしまうのだ。
単なる質問なのに、「その離乳食(既製品)おいしい?」と聞かれると「ちゃんと手作りしなさいよ」と言われているような気がするし、
「すごいね、もうそんなに食べられるんだね!」と誉められると「え?やっぱり何でもかんでも食べさせ過ぎかな…?」とうろたえるし、
挙句の果てには「元気にすくすく育ってるね!」なんて言われただけで「うるさいのかな、躾がなってないって思われてるのかな…」なんて被害妄想もいいところ。
我ながらよくもまぁ、ない行間をここまで読めるものだ。
そんな手負いの熊だった私が、すごく楽になった言葉がある。
実際にこれは私が直接言われたことではなくて、私の姉のお姑さんが言っていた言葉を、後から聞いたものだ。
そのお義母さんは三兄弟を育てあげた肝っ玉母ちゃんだけれど、とてものんびり、ゆったりした性格で、三男の嫁である姉に対してもとてもおおらかに接してくれていたそうだ。
姉の息子がチョコレートを食べ過ぎてしまった時、それに対して怒り、何よりそうさせてしまった母親としての自分を反省していた姉に向かってひと言、
「チョコレートは栄養あるよ〜?カカオやないの〜何が悪いの〜」
なんとも特徴的なのんびりした声で話す姉のお義母さん。まさか自分の言葉が数年後に息子の嫁の妹の心を軽くするとは思ってもみなかっただろう。
イヤイヤ期が激しかった息子(当時2歳8ヶ月)に根負けする形でチョコレートを与えてしまった私は、「やはり早過ぎた」という後悔に苛まれながらまわりからの何気ない「●●くん、もうチョコ食べてるんだね〜」のひと言にいちいち心の中で噛み付いていた。
それがまさかの「カカオなんだから栄養あるだろ」という強引な解釈によってすんなり心に落ち着きを取り戻したのだ。
大事なのはチョコの実際の栄養価ではなく、「子どもが元気ならそれでいいじゃない」の精神がストンと腹に落ちたこと。
こうして私の心は手負いの熊から室内飼いの小型犬へと変貌を遂げた。
世の中のお母さんたちが、子どもが5歳を過ぎるまではチョコを与えないように必死に頑張っていることは決して悪いことじゃないけれど、そうできない自分にピリつくぐらいなら「なんだって空気より栄養あるじゃん」ぐらいのスタンスでいいのかもしれない。
“ゆるい”子育て、もとい自分の心を“ゆるめる”子育てが大事!
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