離婚ってマイナスイメージが強すぎる。
いや、実際めちゃくちゃエネルギー消耗するし時間も手間もかかるし、イメージどおりっちゃイメージどおりなんだけども。
でも、悪いことばっかりじゃない。
その代表例として思いつくのが、「人から悩みを打ち明けてもらえるようになった」ということ。
私も離婚前後はひどく落ち込んでいたし、精神的にも肉体的にも疲れ果てていて、ごく少数の限られた友達としか連絡をとっていなかった。
でも元夫との話し合いに決着がついて、なんとなく状況が落ち着いてきて、少しずつまわりの友達とも会うようになって。
友達と会うようになったらなったで、今度は自分の報告をするのがしんどかった。なぜか「ゼロから100まで全部話さなきゃ!」と気負っていたところがあって、話しながら泣いてしまったり、逆に変なテンションでまくしたてたり、「別にこれぐらい全然どうってことない」フリをして明るく振舞ってみたり。もう空回りもいいところ。
でも少しずつ、少しずつ、報告するコツのようなものをつかんできた。
なにがあったのか、私がどう思ったのか、今はどんな状況なのか。感情を伝えるのは難しいけれど、起こった事実を淡々と話せばいいだけのこと。
そもそも、ぜんぶ報告する義務なんてない。と言うより、求められていない。別に人は私の離婚の細かいディテールにまで興味ないのだ。笑
肩肘張らずに報告して、「今はもう元気だよ」と無理なく笑えるようになった頃、ぽつりぽつりと友達から悩みを打ち明けられるようになった。
今までも友達から悩みを相談されることはあったし、大したアドバイスはできなくてもとにかく話を聞いてあげたり、一緒に泣いたり笑い飛ばしたりはしてきた。けどそれとはちょっと違う。
言うなれば、“今まで誰にも言えなかったようなこと”を打ち明けてもらえるようになったのだ。
それは旦那さんの裏切り行為だったり、人には言えない相手との恋愛だったり、子どもの問題だったり、悩みの種類は色々だけれども。どれもみんな、“人に言えずずっと苦しんできたこと”だった。
「なんで私が離婚したらみんな急に話してくれるようになったんだろう?」
疑問に思っていたら、ある人に言われた言葉。
「それはあなたが人の痛みを分かるようになったから」
…心にストンと落ちてきて、ふわっと温かくなるような感覚だった。
実は心のどこかで、「私が不幸だから話しやすいのかな」とか、「マウンティング?」とか「見下されてる?」とか、すごく卑屈な言葉たちがくすぶっていたのだ。
でもきっとそうじゃない。
「この人なら分かってくれる」
そう思ってもらえたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
離婚して散々しんどい思いをしたし、もう二度と経験したくないけど…人の痛みが分かるようになれたなら、そしてそれが少なからず人に寄り添うことになるのなら、それは数少ない“離婚してよかったこと”だと言えるんじゃないだろうか。
こういうのなんて言うんだっけ…怪我の功名?転んでもただじゃ起きない?…あ、儲けもん!ちがうか。笑
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