先日、娘が2歳のお誕生日を迎えました。
娘の人生は、私の離婚の歴史でもあります。娘がお腹の中にいる間に夫婦関係が一気に悪くなり(今思えば火種はもっと前からありましたが)、産後すぐに私が病気で倒れ、産後2ヶ月ぐらいに離婚を決意し、産後半年で別居を開始、1歳を過ぎたあたりに離婚が成立して今に至ります。
胎教も最悪、母親のメンタルも体調も最悪…そんな中、よくもまぁ健康に、すくすくと大きくなってくれたものだと。私にとっては、娘はまるで奇跡そのものなんです。
物心つく前から家に父親がいないということが、娘の成長にどう影響するのかが気がかりでしたが…娘はとてもよく父親に懐いています。顔を見せると「ぱぱー!」と駆け寄っていくし、2人で出かけるのも泊まりに行くのも楽しそうにしています。その点は私も素直に嬉しく思っています。
そして我が娘ながら本当に素直で愛らしい、心身ともに健やかな娘に育っています。誰に似たのか、とにかく愛想がいい!いつもニコニコ、かわいらしい笑顔を振りまいて、見知らぬおじさまおばさま方までもメロメロにしています。
さて、今でこそこんなにさらっと親ばかアピールしてしまうほど溺愛している娘ですが、産後すぐ、特に病気で入院したあと家に帰ってきてから、かなりしんどい思いをしました。妊娠中、夫のことで悩んでいた時も、病気で入院していた時も、別居後の離婚の話し合いの時も、もちろん辛い局面はたくさんあったけれど、ある意味もっとも辛かったこと、それは
娘がかわいいと思えなかったこと
でした。産後はホルモンバランスも崩れるし、寝不足が続いて泣いてばかりの子供をかわいいと思えないというのは、もしかしたら産後のお母さんみんなが経験していることかもしれません。
でも私が抱いた感情はおそらくそれとは少し違って、娘を「うまくいかないこと・つらいこと」全ての象徴のように感じてしまっていたのです。夫の冷たい態度も、病気の再発への不安も、入院生活で底辺まで落ちた体力で日々の生活を回さなくてはならない疲弊も、「全て」です。全ての辛さが、今目の前で泣いている娘が元凶であるように感じてしまう。
「この子さえいなければ」夫の態度が変わるのではないか。「この子さえいなければ」病気は再発しないのではないか。「この子さえいなければ」もっと楽で幸せな人生を歩めるのではないか…。
嘘みたいな話ですが、本当に、こう思っていました。無意識の内に、目の前にいる娘に責任を転嫁して、本当の原因から目を背け、逃げ、自分を守ろうとしたのかもしれません。
病気で入院している時は、産まれたばかりの娘と引き離されたことが死ぬほど辛く、あんなにも泣いてばかりいたのに。手元に抱きしめている今、一緒にいるのに孤独を感じる。全くかわいいと思えない。それどころか、忌まわしいもの、憎らしいものとして憎悪する瞬間がある。
母親として、こんなに辛いことはありません。2児の母をしている友人たちの「2人目はただひたすらかわいい」「まるで孫のよう」という言葉が追い討ちをかけるように胸をえぐります。
その後、明確にいつから変わったかは覚えていないのですが…離婚を決意してから、徐々に気持ちは変化していったように思います。今ではご覧の通り(笑)、親バカまっしぐらな程に娘も息子も溺愛しています。もちろん憎たらしい時も山ほどありますが、それを吹き飛ばす程にかわいく思える瞬間があります。
子供をかわいいと思えている自分に気づく度、「あぁ、私は幸せだ」と思えます。本当に、あの時を抜け出せてよかった。
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