新型コロナウィルスに世界中が翻弄されている昨今、6歳息子と2歳娘がいる我が家でも、4月初旬に登園自粛を決めた。
その頃はまだ保育園も通常通り運営していて、まわりでも普通に子どもを通わせている人がほとんどだった。
私が登園自粛を決めたきっかけは2つある。
①息子の入学式が延期になり、その後の授業及び学童も休校になったこと
②一部の危機意識の高いママたちから向けられた言葉
①に関しては、自治体によってバラつきはあったものの、自分の息子が通う公立の学校が「今、集団になる場を作るべきではない」という確固たる意思表明をしたことはとても大きかった。
しかも決まったのは入学式(月曜)の3日前(金曜)の夜。学童に至っては土曜になってからの発表だった。それだけ「急激に状況が変わりつつある」ということが緊迫感と共に伝わってきた。
そして②に関しては、正直あまり前向きな捉え方はできなかった。
海外に住んでいる人と、日本に住んでいる人。自営業やフリーランスと、会社員。あるいは自分や家族が務める会社の業界によっても、危機感にはものすごく温度差があった。
「今はみんな家にいるべき」
「どうして平気な顔して子どもを登園させてるの?」
「危機感がなさすぎる」
「信じられない」
直接私に向けられた言葉ではなかったけれど、限りなくそれに近かった。そしてその言葉はどれも私の不安な心をえぐるのに十分な威力があった。
今思えば私も楽観的すぎるところはあったけれど、その時だって決してのほほんと過ごしていたつもりはない。迷いや葛藤は常にあった。
でも、そんなに簡単に「会社に行かない」という選択をできる会社員が一体どれだけいるのだろう?
誰だって、目の前にやらなければならない仕事があって、会社は自分が出社するのを待っていて、同僚や上司は出社していて。そして保育園がやっていたら、やはり子どもを預けて出社するんじゃないだろうか。
不安なニュースからは目を背けて、「日本では子どもが感染した例はほとんどない」「致死率だって低い」そんな曖昧な希望的観測にだけ目を向けて。
でも、耳に入ってくるのはそんな自分を責めるような言葉ばかり。
敵はどこにいる?
私は一体誰と、何と、戦ってるんだろう。
追い詰められた私は会社のミーティングで泣いた。というか号泣した。(ちなみにこれは全く珍しいことではない。笑)
「いっそのこと日本全国ロックダウンして日本中の会社が休業になって保育園が休みになればいい、そしたら保育園に行かないって決められるのに」
よりによって会社の人たちを前に無茶苦茶なことを言いながら鼻水垂らしてしゃくり上げる私に、みんなは優しく頷いて、ただひたすら話を聞いてくれた。
そしてその日の内に、社長が在宅勤務を決定してくれた。まだ何の体制も整っていなかったのに、とにかく私が「子どもたちと家で過ごす」ことができるように、在宅勤務、つまりは登園自粛を「決断」してくれたのだ。
「俺だったら、絶対にそうする」
社長の言葉にどれだけ救われたかわからない。
そしてその翌日から、私の別の戦いが始まった。この戦いの相手は明確。それは
「体力の有り余った、退屈している子どもたち」
である。
(つづく)
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