家族のこと

母への贖罪

私が夫との離婚を決意した時、母は「とにかく今すぐ離れなさい」と言った。「離婚が成立しなくても、別居でいいから、とにかく早くうちに来なさい」と。

母なりに思うところがあって引っ越しを促してくれたわけだけれど、母が住んでいる家は2LDKのマンション。私がお嫁に出たのと同時に終の棲家として母が手に入れた自分の城で、悠々自適の一人暮らし(※母も離婚経験者)を満喫していた。部屋が余っているとはいえ、4人で暮らすとなるとやはり手狭になる。

小さなアパートでもいいから母に迷惑をかけずに暮らせないか…なんて最初のうちは考えたりもしたけれど。ネットで該当エリアの家賃相場を見て、あえなく断念。まぁ少し考えれば、無理なことは明白なのだけれど。

ちなみに母は別居を勧めてくれたけれど、私と子どもたちとの同居にものすごく前向きだったかと言うと、決してそういうわけではない。「かわいい盛りの孫と一緒に暮らせるなんて~幸せ~」なんてことを言うタイプのおばあちゃんではないのだ。孫が6人もいると、そのへんはとっても現実的。

「ママも覚悟を決めなくちゃね…」
「いよいよだからね…」

ブツブツと、迫り来る同居開始の日をノストラダムスの大予言かのごとく恐れおののきながらカウントダウンしていた母。

え、「覚悟」って、そんなに??笑 正直すぎる反応に苦笑いしながらも、まぁそりゃそうだよなぁと、心苦しく思っていた。

実際、同居を始めてから母の生活は一変した。ずっと自分のペースで生活していたのに、人のペースなんて微塵も考えない怪獣が2匹もやってきたのだ。

まず、テレビ権がない。朝は強制的にEテレのみ、夜も録画したおしりたんていとおさるのジョージ、あるいはYouTubeで延々とレゴ作り動画を見せられる。

リビングにはおもちゃが散乱し、見た目のストレスに加えレゴの破片を踏んで負傷するという実被害まで出ている。

おふろも好きなタイミングで入れない。夕食のあと子どもたちがその気になるタイミングを逃さずにお風呂に連れて行くために、いつも母は最後に入っている。

とにかく、一人になれない。邪魔されるのでメイクも電話も仕事も部屋にこもってするが、子どもたちはお構いなしに部屋まで押しかけてくる。

子どもたちの着替えやオムツ替えを手伝わされるといった“今までの生活になかった作業が発生する”ストレスと、こういった“今までの生活にあったものがなくなる”ストレス、どちらも相当なものだろうと思う。

母も40年前に子育てで受けていたストレスを、まさかアラ古希になて孫から受けることになるとは思っていなかっただろうなぁ。

そしてこうした精神的ストレスだけでなく、経済的にも母に負担を強いていることは、本当に本当に申し訳なく思っている。もちろん私も生活費を母に渡しているが、家賃や食費・光熱費、さらには車のリース代や駐車場代などを考えると、絶対にそんな額じゃ足りない。

ありがたいことに母は68歳にしてバリバリ現役で働いていて自立しているし、身体も丈夫、そして可能な限り働き続けられる場所もある。でもきっと、自分の老後に加えて娘と孫2人の将来まで案じなくてはならないストレスは、自由にテレビを見られないことの比ではないはずだ。

ママ、ごめんね。

いつもそう思っている。でもきっと、母の望みは何よりも、娘の私が笑顔でいることのはず。

人は元気になると厚かましくなるもので、「○○ちゃん(娘)は大ママが大好きだね~」なんて言いながら、母の膝の上でごはん粒を撒き散らして食事してる娘をニヤニヤと眺めながら飲むチューハイが美味い今日この頃。

せめて、将来母がボケた時はぜったい優しくしよう、と決めている。

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